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東京高等裁判所 昭和52年(行コ)27号 判決

控訴人 林景明

被控訴人 国

代理人 吉田昂 宮門繁之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。控訴人が日本国籍を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年三月二日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述は、左記のように補正するほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、その記載(判決書二枚目表五行目から一九枚目表末行まで)を引用する。

1  被告の主張1、(一)の第四段五行目(判決書四枚目裏九行目)の「支所長」を、「支庁長」と、同段一二行目(同五枚目表五行目)の「内地との」を、「内地人との」と各訂正する。

2  被告の主張1、(二)の標題(判決書五枚目表八行目)の「対日平和条約」を、「日本国との平和条約(以下対日平和条約という)」と改める。

3  被告の主張1、(三)の第二段八行目(判決書七枚目表五行目)の「平和条約による」を、「対日平和条約による」と訂正し、同段一〇行目(同七行目)の「日華平和条約」を、「日本国と中華民国との間の平和条約(以下日華平和条約という)」と改める。

4  被告の主張3の第二段二行目(判決書八枚目表六行目)の「締結された条約であり、同条の定めるように」を削除し、同四行目(同八行目)の「を有するもの」を、「で締結された条約」と改め、同第五段一行目(同九枚目表一〇行目)の「のみならず」を、「すなわち」と改める。

5  被告の主張4の一行目(判決書九枚目裏三行目)の「人権に関する世界宣言を」を、「世界人権宣言」と、同(一)の第二段七、八行目(同一〇枚目表四、五行目)の「憲法もまた(中略)認めたものであり」を、「したがつて、「憲法は、領土の変更に伴う国籍の変動について条約で定めることを認めた趣旨と解する」旨の最高裁判所判決(昭和三六年四月五日大法廷)があるように、国籍の変動は」と、同第三段四行目(同一〇枚目表末行)の「規定に」を、「規定を」と、それぞれ改める。

6  被告の主張に対する原告の反論、二、2の第二段二、三行目(判決書一六枚目表四、五行目)の各「澎湖島」を、「澎湖諸島」と、同二行目の「全て」を、「すべて」と、同三行目の「あつたもの」を、「あつた者」と訂正する。

7  被告の主張に対する原告の反論二、3の五行目(判決書一七枚目表八行目)の「日中共同声明」を、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(以下日中共同声明という)」と改める。

(証拠) <略>

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その判断理由は、原判決が説示するところとほぼ同様であるので、原判決理由一及び二の記載を、次のように訂正、補足したうえここに引用する。

(1)  原判決理由一の四行目(判決書二〇枚目表五行目)の「されていること」の次に、「及び昭和三七年三月日本に入国するまで台湾に居住していたこと」を挿入する。

(2)  同二、1の一一行目(判決書二〇枚目裏九行目)の「警察署長、」の次に、「警察分署長、」を挿入し、「支所長」を「支庁長」と改める。

(3)  同二、2の一行目(判決書二一枚目表七行目)の「」を「b」と訂正し、同七行目「右両条約」から段落まで(判決書二一枚目裏二行目から七行目まで)を、次のように改める。

右両条約では、わが国が領有権を放棄した台湾及び澎湖諸島(以下台湾等という)が、どの国に帰属することになるかを明記していないが、これより先昭和二〇年八月一四日にわが国が受諾しているポツダム宣言に引用されたカイロ宣言には、台湾等を中華民国に返還することが同盟国の目的である旨が掲記されている。従つて、ポツダム宣言受諾に基づく講和条約たる対日平和条約の署名国間では、台湾等の帰属先はカイロ宣言当時の中華民国すなわち、かつての清国に代つて中国大陸を統治している国であることが、暗黙裡に理解されていたものと推察することができる。ただ、対日平和条約締結当時、中国大陸及び台湾等の領有を主張する二つの政権すなわち、中華民国政府と中華人民共和国政府が現実に存在し、そのいずれを右条約に参加させるかにつき同盟国間に意見の不一致があつたため、両者とも右条約の署名国とならなかつたのであるが、わが国は右条約の効力発生日に当る昭和二七年四月二八日中華民国との間で、右条約二六条に準拠する二国間平和条約(日華平和条約)を締結し、上記のとおりその二条において、台湾等に対する権利放棄を確認した。わが国が中華民国を選んで同国との間に右確認事項を含む平和条約を締結したことは、台湾等が条約相手国たる中華民国に帰属することを承認したものと解して差支えない。

(4)  同二、3の第三段「ところで」以下段落まで(判決書二二枚目表四行目から同裏八行目まで)を、次のように改める。

本件についてみると、日華平和条約一〇条において、台湾等の住民は右条約の適用上中華民国の国民に含まれるものとみなす旨が定められたので、当時の台湾住民であつた控訴人も、中華民国の国民すなわちその国籍を有する者とみなされるに至つたことは明らかである。この場合右条約の適用上という制限はあるにせよ、台湾等の住民が中華民国国民とみなされることが明定されたのであるから、その当然の前提事実として、右住民のうち日本国籍を有していた人々、すなわち後記のような、台湾人としての法的地位を有した人々は、右条約発効時において、少くとも日本国籍からは離脱していることが示されたといわなければならない。

尤も、右住民中日本国籍を有していた人々が、日本国籍を失つたのがいつであるかは、右条約とその準拠する対日平和条約に明記されていないこと上記のとおりであるが、カイロ宣言、ポツダム宣言、対日平和条約二一条、一四条(a)(I)(a)の趣旨を総合して考え、かつ、日本国籍を失つた後無国籍者となる事態が起きないよう配慮を加えるならば、それを日華平和条約発効の日(昭和二七年八月五日)に求めるのを相当とする。

(5)  同二、5の第一行(判決書二三枚目裏五行目)の「昭和四九年」を「昭和四七年」と訂正し、同第二、第三段「しかしながら」から「明らかである。」まで(判決書二四枚目表一行目から同裏三行目まで)を、次のように改める。

右日中共同声明の三項において、わが国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であるという同国政府の立場を理解、尊重し、かつ、台湾がわが国の領土でないという立場を堅持することを表明した。右表明の前段は、日華平和条約の趣旨と異なるので、右条約によつて台湾等住民の一部の国籍が変動している事実が、どのような影響をうけるかが問題になる。しかしすでに述べたように、わが国はポツダム宣言受諾以降、台湾等がその領有を主張する中華民国に属することを承認していたところ、昭和四七年に至つてこれを改め、この地域が中華人民共和国に属することを「理解、尊重」したのであつて、この地域がわが国の領土でないことを承認する点では一貫しているのである。わが国が日華平和条約において、台湾等住民のうち、もと日本国籍を有した人々も中華民国国籍を有するものとみなすことに同意したのも、台湾等がわが国の領土でないためにほかならない。従つて、日本国籍を喪失した台湾等住民が、日中共同声明によつて直ちに中華人民共和国国籍を取得するとみられるか否かは暫く措き、右住民の日本国籍再取得という事態は、領有権との関係上全く起りえないものといわなければならない。又、日中共同声明の前掲部分から、領土のみが中華人民共和国に属し、住民中もと日本国籍を有した人々は日本国籍を回復する趣旨を読取ることは、不可能というほかはない。これを要するに、日中共同声明は、控訴人が喪失した日本国籍になんらの影響をも及ぼさないのである。

(6)  同二、7の第四段「そうすると」から段落まで(判決書二六枚目裏四行目から二七枚目表一行目まで)を、次のように改める。

本件においては、台湾等住民の国籍変更に際し、わが国が右住民に国籍選択の機会を与えたことはない。しかし、いわゆる譲受国に該当する中華民国は、昭和二一年に「台湾居留民」の同国国籍回復に関する法令を公布し、その中で国籍回復を願わない者の申出期限を定めているのである。従つて、譲渡国たるわが国が、日華平和条約締結時に、更に国籍選択を提唱しえたか否かは疑問であり、仮にそれが望ましかつたとしても、これをしなかつたために台湾等住民の日本国籍喪失に法的な瑕疵があるといえないことは、上記説示から明らかなところである。

(7)  同二、7の次(判決書二七枚目表四行目の次)に、「8」として次のとおり加える。

(8)  控訴人は原審の本人尋問において、中華民国政府は中国大陸から渡来した人々による政権であつて、台湾人の意思を代表するものでないから、右政府が締結した日華平和条約は、台湾人たる控訴人を拘束せず、控訴人は依然日本国籍を失つていない旨供述する。しかし、控訴人の述べるところは要するに、わが国から見れば他国の内政に属することがらであり、本来画一的決定を原則とする国籍を、個人の政治理念や心情を汲むことによつて区々にしえないことは、多言を要しない。又、控訴人の支持する政権が台湾に樹立されるまでの間、わが国が控訴人を日本国民として保護する義務を負う根拠も見出しがたい。

当裁判所の判断理由は以上のとおりであり、<証拠略>のうち、右判断に副わないものはいずれも採用しがたいものである。

これによつて明らかなように、控訴人の本訴請求中、日本国籍の確認を求める部分は理由がなく、従つて、日本国籍の保持を前提とする損害賠償請求の部分も失当といわなければならない。よつて、右と趣旨を同じくして控訴人の各請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 吉江清景 上杉晴一郎)

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